大神神社_(栃木市)について(名無し)
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コメント一覧
2. 2012-02-08 10:57:02(名無し)
この神社を大神神社にこじつけた経緯
この神社は本来は下野国の惣社でしたが、明治政府の式内社厚遇政策に対応するために、式内社の大神神社にこじつけられたものです。
惣社制度というのは延喜式より後に制定されたもので、この神社が惣社であるのはほぼ確かですが、惣社になる前に存在したのかどうかは一切わかりません。
なお延喜式神名帳の都賀郡の神社の筆頭に、大神社がありオホムワとルビがあります。
こじつけは、この神社をルビの方を採用して大神神社とし、この大神神社に下野国の全ての神を祭って下野国惣社としたとこじつけてるわけです。
1. 2012-02-08 10:27:04(名無し)
最初の「社伝などによると、・・・美麗この上なしであったとされる。」の部分は、由緒、古くは縁起と言い史実とは関係ありません。
「しかし戦国時代に・・・現在に至っている。」は、歴史または沿革と呼ぶべきもので、比較的史実に則って書かれますが、江戸時代以前の内容については史実かどうか疑わしいです。
この神社は明治時代の1900年頃に現在の大神神社にこじつけられたもので、それまでは違う神社でした。
松尾芭蕉らが訪れた当時は、室の八島大明神 別名惣社大明神でした。室の八島や惣社というのは土地の名前で、この神社は、室の八島の地と、それと区別しにくい惣社郷との鎮守神でした。
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